本ページは、精神科医・畠山博行(マインドルート代表医師)の監修のもとで執筆されています。

ソマティック・エクスペリエンシングとは?トラウマケアに役立つ身体志向のアプローチを専門家が解説

【専門家対話コラム】ソマティック・エクスペリエンシング(SE)って何?

本コラムの軸は「身体の感覚を手がかりに、心の安全域を取り戻す」というSEの考え方です。ここに、実践手順・ケース例・よくある誤解・他療法との違いなどの枝葉を自然に重ね、誰でも今日から使える形に整理しました。

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読者: 最近「ソマティック・エクスペリエンシング(SE)」っていう言葉を聞いたんですけど、どういう療法なんですか?
ハタケ(精神科医)
ハタケ: 一言で言うと、“からだの感覚を丁寧に観察しながら、無理なく緊張をほどく”トラウマケアです。つらい出来事を詳しく語らなくても、今ここの鼓動・呼吸・筋のこわばり・温度などを手がかりに、少しずつ神経系(交感/副交感)のバランスを整えていきます。
クロ先生(心理師)
クロ先生: ポイントはチトレーション(不快に「少量ずつ」触れては離れる)とペンデュレーション(不快⇄安心を短く往復)。“ゆっくり・短く・戻れる”を守るほど、体と心が「ここは安全」と学習しやすくなります。
英語の原文イメージ(読み飛ばしOK)
“SE gently titrates sensations and pendulates between activation and settling,
helping the nervous system regain regulation without forcing verbal disclosure.”

英語は学習者向けの参考です。本文だけで理解できます。

SEが合いやすい人のサイン

  • 出来事は過ぎたのに、体が先に固まる/息が浅くなる
  • 人前・試合・試験などで過緊張になりやすい
  • つらい体験を言葉にするのがしんどい(話すとぐったりする)
  • 安心な場面でも、ふと体だけ警戒している感じが残る

最初の4ステップ(3〜5分でOK)

  1. 安全確認:部屋を見回し「安心できる物」を2つ探す(光・植物・柔らかい布など)。
  2. 足裏に戻る:かかと→親指の付け根→小指の付け根へ、体重の乗り方を3呼吸で観察。
  3. 5%ムーブ:肩を5%上げ下げ、顎を5%ゆるめる。ほどけた場所を言葉にする。
  4. 短い往復:不快(胸の詰まり等)に1〜2秒だけ触れ、すぐ安心(足裏・手の温かさ)へ戻る×2〜3回。
コツ:「長く向き合わない・すぐ戻る」。小さく触れて小さく戻るほど、安全で効果が安定します。

ケースで理解:人前で声が震える高校生

Before: 発表直前になると胸が詰まる→手が冷える→声が震える。「過去の失敗」が頭をよぎる。
After(数回のSE+家庭練習): 胸の詰まりに短く触れて足裏に戻る→手の温度が戻る→声の震えが減る。
本番前ルーティン(足裏→視線オリエンティング→5%ムーブ)で安定度UP。

よくある誤解と答え

  • 「SEは何も話さない療法?」…いいえ。無理に語らないだけで、必要に応じて短く言葉を使います。
  • 「早く深く向き合うほど効く?」…いいえ。SEは少量・短時間・往復が基本。急ぐほど反動が出やすいです。
  • 「体の体操と同じ?」…違います。感覚の気づき(インターセプション)を育てる心理療法です。

他の療法との違い・併用の考え方

  • EMDR:記憶の再処理に強み。SEで土台の安定→EMDRで記憶処理、という併用例が多い。
  • CBT(認知行動療法):考え方・行動習慣を調整。SEは体感覚の安全を補強する土台に。
  • 自律訓練法:自己リラックス訓練。SEの「気づき」と組み合わせると相乗効果。

オンラインで受けるときの準備チェック

  • 座り慣れた椅子・足裏がしっかり着く環境
  • カメラ位置は目線の高さ(呼吸・肩の動きが見えると良い)
  • 「休憩合図」を事前に共有(例:手を胸に当てる)
  • セッション後は水分・短い散歩・早めの就寝

7日間ミニプラン(1回3分)

  1. 足裏2呼吸+肩5%ムーブ
  2. 視線で部屋を3か所スキャン(オリエンティング)
  3. 胸の圧に1秒→手の温かさ3秒(短い往復)
  4. 「ほぐれた場所」を言葉にして終了(例:「頬がゆるんだ」)

用語ミニ辞典(英語は補助表示)

Somatic Experiencing
身体感覚に注目して神経系の自己調整を促すアプローチ。
Titration
チトレーション:強い感覚に少量ずつ触れては離れる。
Pendulation
ペンデュレーション:不快⇄安心を短く往復して調整力を学ぶ。
Orienting
オリエンティング:視線や聴覚で周囲を確認し、「今は安全」を体に知らせる。
英語引用(学習者向け・任意)
“Titration approaches intense sensations in tiny doses.
Pendulation is the gentle movement between discomfort and comfort.”

よくある質問(FAQ)

Q1. つらい記憶を詳しく話さないと効果は出ませんか?
A. いいえ。SEは今の身体感覚に焦点を当てるため、無理に語らなくても進められます。

Q2. セッションの頻度と時間は?
A. 目安は50〜60分、2〜4週に1回。体調・目標により調整します(医療助言ではなく一般的な目安)。

Q3. セッション後にだるさや眠気が出ます。
A. 神経系が「緊張→ゆるみ」に動いたサイン。水分・散歩・睡眠で回復しやすくなります。

Q4. EMDRなど他の療法と併用できますか?
A. 併用例は多いです。SEで基礎の安定→EMDRなど記憶処理系へ、と段階を分ける選択もあります。


参考・背景情報

  • Harwood-Gross ら(2025):PTSD文脈でSEを導入し、身体感覚への気づきと自己安定化の学習が進むことを報告。
  • Payne・Levine・Crane-Godreau(2015, Frontiers in Psychology):内受容感覚(interoception)固有感覚(proprioception)を核に据えたSEの理論的枠組みを概説。

※上記はSEの理解を助ける一般情報です。個別の診断・治療は、資格を持つ専門家にご相談ください。

まとめ

SEの本質は「身体から心を整える」こと。
劇的な変化を急がず、小さく触れて・小さく戻るの積み重ねが、やがて「安心の回路」を太くします。
まずは今日、足裏に戻る3呼吸から始めてみましょう。

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